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2006年7月23日 (日)

巻上機台座

筑豊は言わずと知れた石炭産業で栄えた地域。しかし、昭和40年代に相次いだ閉山後、鉱害復旧事業や再開発の波で、往時の繁栄を偲ばせる遺構はどんどん消滅している。

Daiza01_3日本の近代化をエネルギーから支えた筑豊炭田。このカテゴリーでは、その近代化の足取りを伝える遺産を、石炭産業の遺構を中心にして紹介する。

第1弾は、飯塚市(旧穂波町)平恒にある、煉瓦製の巻上機台座です。

巻き上げ機とは、坑内からトロッコや台車をワイヤで巻き上げ、石炭の運搬や鉱員の昇降のために使用したもの。この遺構は、その巻上機を据え付ける台座で、よく見かけるものはコンクリート製がほとんど。案内板によれば、この台座は大正期に作られたもので、煉瓦製で、かつこれだけ規模の大きなものは珍しい。台形のシンプルなデザインながら、アーチを設けるなどモダンな造りになっている。Daiza02

この炭鉱は坑道が斜めに掘削された斜坑で、通常斜坑は本卸坑道と、連卸坑道の二本が掘られている。巻上機台座も2基連なっていて、遠くから眺めるとその威容を知ることが出来る。

Daiza03_1 この台座は旧穂波町の文化財に指定され、先年本格的な補修工事と公園化がなされた。しかし、補修工事が行なわれたのは本卸坑道用の巻上機台座のみで、連卸坑道用の台座は、荒れるに任されている。斜坑の構造などを後世に伝えるためには2基とも保存されるのが望ましいと思うのだが・・・。

【上の写真は連卸坑道用の巻上機台座】

【下の写真は巻上機台座の説明と炭鉱の沿革を書いた案内板です】

Daiza04 Daiza05


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近代化遺産」カテゴリの記事

コメント

たてさんの企画、とっても楽しみです。
隣接する水巻町は日炭高松があったところで、高校の頃バスの窓から巻き上げ機が見えていたのを思い出します。
私も筑豊地区にとても興味があり、9980円だったか近く発売される歴史の本を注文しています。
私は駅舎を尋ねようと思っています。

投稿: momomama | 2006年7月24日 (月) 22時35分

以前1区間の旅で 下車してもホームから出ないで乗り継いでず~っと遠回りして行くたびをしました。
その時伊田線(田川)列車の窓から石炭記念公園が見えました。
巻き上げ機が見えました。
去年の話です。

投稿: momomama | 2006年7月24日 (月) 22時46分

巻上機台座、初めて見たときは、改めて「炭坑があったんだなぁ」と思いました。
幼少の頃、祖父母と同居していたとき、祖父母宅含めて炭坑の長屋がずらっと並んでいたのを当たり前のように見ていたし、ぼた山もまだそこかしこにありました。
時代も平成になりすでに18年。
昭和は遠くなりましたね。

投稿: りあら | 2006年7月26日 (水) 08時22分

1万円近くするので躊躇しましたが、ワタシもその本予約しました(笑)。

鉄道にまつわる話ですが、筑豊は廃線の多い地域で、その線路跡のほとんどが道路として活用されています。その痕跡をたどると、幼かった頃の郷愁を誘うものがあります。momomamaさんの駅舎探訪も楽しみです。

田川の石炭記念公園。行きたいと思いつつ、まだ訪れたことがありません。筑豊の近代化遺産に石炭産業は欠かせないので、勉強がてら訪ねてみたいと思います。

投稿: たて@路上の人 | 2006年7月29日 (土) 10時51分

石炭記念公園の巻き上げ機は、竪坑用ですね。

投稿: たて@路上の人 | 2006年7月29日 (土) 11時03分

ちょうどワタシ達が生まれた頃までに、この辺の炭鉱のほとんどが閉山したので、稼動している炭鉱はほとんど見たことがないですよね。
でも、巻上機台座やホッパー(貯炭槽)、ボタ山や引込み線などがあちこちにあって、炭住に親戚や友達が住んでいたこともあって、ワタシ達の子供の頃にはまだ炭鉱の余韻がありました。
それらの遺構もすっかり姿を消して、ホント“昭和”は遠くなりましたね。
これからも、そうした懐かしい何かを偲ばせるモノを、写真で切り取って行きたいと思います。

投稿: たて@路上の人 | 2006年7月29日 (土) 11時14分

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